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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
この葉舟の雑誌は詩にいくらかの原稿料も支払っていて、私も市井彷徨の折、葉舟を訪ね原稿料を貰ったことがあった。
当時『感情』という三十二頁の詩の雑誌を出していた私は、光太郎にも詩をたのんで書いて貰った。光太郎は駒込のアトリエから田端まで歩いて、私が折あしく不在だった机の上に、その原稿を置いて帰った。光太郎は自分の原稿はたいがい自分で持参して、名もない雑誌をつくる人の家に徒歩でとどけていた。紺の絣の筒袖姿にハカマをはいて、長身に風を切って、かれ自身の詩を演出する勇ましいすがたであった。かれはやはりそこに純情をおぼえ、ひまのある人間がひまを有為につかう心得を知っていた。
かれは日本の詩というものでは、昇れるだけ昇りつづけた男であった。一度も後退したことはない、高村光太郎という透明無類の風船は、「泥七宝」の短章から「暗愚小伝」にいたるまで、拍手喝采の間に天上に到達したのである。
晩餐
暴風をくらつた土砂ぶりの中を
ぬれ鼠になつて
買つた米が一升
二十四銭五厘だ
くさやの干ものを五枚
沢庵を一本
生姜の赤漬
玉子は鳥屋から
海苔は鋼鉄をうちのべたやうな奴
薩摩あげ
かつをの塩辛
湯をたぎらして