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わがあいするしじんのでんき
我が愛する詩人の伝記
室生 犀星
北原白秋「婦人公論 第四十三巻第一号」1958(昭和33)年1月号<br>高村光太郎「婦人公論 第四十三巻第二号」1958(昭和33)年2月号<br>萩原朔太郎「婦人公論 第四十三巻第三号」1958(昭和33)年3月号<br>釈迢空「婦人公論 第四十三巻第四号」1958(昭和33)年4月号<br>堀辰雄「婦人公論 第四十三巻第七号」1958(昭和33)年7月号<br>立原道造「婦人公論 第四十三巻第八号」1958(昭和33)年8月号<br>津村信夫「婦人公論 第四十三巻第九号」1958(昭和33)年9月号<br>山村暮鳥「婦人公論 第四十三巻第十一号」1958(昭和33)年10月号<br>百田宗治「婦人公論 第四十三巻第十二号」1958(昭和33)年11月号<br>千家元麿「婦人公論 第四十三巻第十三号」1958(昭和33)年12月号<br>島崎藤村「婦人公論 第四十三巻第六号」1958(昭和33)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 116,728 字 · 231 页
餓鬼道のやうに喰ふ我等の晩餐
ふきつのる嵐は
瓦にぶつけて
家鳴震動のけたたましく
われらの食慾は頑健にすすみ
ものを喰らひて己が血となす本能の力に迫られ
やがて飽満の恍惚に入れば
われら静かに手を取つて
心にかぎりなき喜を叫び
かつ祈る (後略)
昭和十六年太平洋戦争にはいると、光太郎はそのころの詩人がみんなしたように、かれも御国のための詩を作り、一つの流行詩の表面にうかんでいた。純潔とお人好しとをうまく釣り上げられたのである。戦争が終ると急に自分がいやになり、「暗愚小伝」を書いて反省した。これがかれの数尠ない生涯のツマズキだったのだ。大臣ならとうに総辞職というところだが、そんな事は誰も咎めない前にかれはあやまった。あれほど用心ぶかく、巨きく純度の高いものをまもりつづけたかれも、ようやく人くさい息吹をついた。私はかれのこの不倖にひとつの本物を感じた。そしてその昇りつめた詩がもはや昇ろうとしないで、ひとつ処にとどまっているのを眺めた。その時、巨大な風船の右の遠方にいまひとつの小さい、若い赤い風船がやはり昇りつめたところに滞まっているのを眼にいれた。