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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

おつるはちょっと考えてから云った、「いついらっしゃるの、すぐにですか」

「いや、夕方のほうがいいんだ、――しかし、座敷があるか」

「いいえ、今日は休みましたからいいんです」

「――まさか、むりをしたんじゃないだろうな」そう云いかけたが、すぐ笑って立ちあがった、「有難い、それじゃあ今日はゆっくり飲めるな」

「顔を洗いにゆきましょう、おさとちゃんが掃除をするんで待ってますから」

こちらへいらっしゃいと云って、おつるは栄三郎を階下へ案内した。顔を洗っているとき、おつるが「お宿へ知らせなくてもいいのか」と訊いた。彼も知らせておくほうがいいと思ったので、帳場を借りて手紙を書いた。――絵のことで帰りがおくれているが心配しないでもらいたい。そういう意味を簡単に書き、主婦のおみねに宛てて使いに託した。おつるはそばにいたが、手紙の内容を知りたがりもせず、宛て先を訊こうともしない、彼が使いの者に命じているときは、さりげなくそばから離れていた。

二階の掃除が済み、酒の支度ができた。二た座敷あけ放し、廊下の障子もすべてあけひろげたので、風はよくとおるが、あまりに明るかったし、暑さもかなりひどかった。