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おうぎの

扇野

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页

青空文庫

当時はまだおつるには兄(のちに海で死んだが)がいて、若い漁師のうちでは腕っこきといわれるくらいだったから、べつに家へ仕送りをする必要もなく、好きな芸事の稽古にうちこむことができた。いま桑名屋の主婦になっているおはまも、そのころ叶家にいて、もう売れっ妓の姐さんだったが、おつるの気の強いのと、芸熱心で筋のよいのには驚いたということである。座敷へ出るようになると、たちまち人気者になり、世話をしようという客があとからあとからとあらわれた。こういう客の中には出先の茶屋の義理などで、どうしてもいやと云いとおせないことがある。おつるにも「うん」といわざるを得ない場合が三度ばかりあった。しかし彼女はどうしてもからだを許そうとしないし、座敷からひくことも承知しなかった。無理にからだを求められたりすると、全身が石のように冷たく硬直し、痙攣を起こして、まるでいまにも死ぬかと思われるようなありさまになる。ときには本当に息が絶えたようになるので、三度とも客のほうで諦めて手を引いたのであった。それでも人気は落ちなかった、三味線と踊りはずばぬけているし、なにより座敷が面白いのである。