轻松读懂日语经典作品
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おうぎの
扇野
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 33,727 字 · 67 页
それがその夜に限って断わりもなく入って来たし、夜更けに帰ることもよく知っているような口ぶりで、それはなにごとか云いだすか、またはこちらになにかを感じさせるようなものを多分に含んでいた。だがおけいはなにも云わなかった、少なくとも栄三郎が気遣っていたようなことはなにも云わず、むしろ陽気な調子でせきたてた。
「さあいってらっしゃいまし、お風邪をひかないように気をつけて下さいましね」
栄三郎は、ほっとして桑名屋へでかけた。
彼がその夜そんなふうに、おけいからなにか云われはしないかと思ったのは、半月ほどまえ、おつるに「角屋のお嬢さんはあなたが好きらしいわね」とからかわれたことがあった。踊りの稽古で会うたびに彼の話が出るのだそうで、その話しぶりがただではないというのである。栄三郎は笑って相手にしなかったが、その後おけいのふとした眼つきや動作などに、まえには感じたことのないもの、一種の憂いといったふうなものが感じられるのに気づいた。もちろん彼はそれが自分に対する愛情のあらわれだなどとは思わなかった、むしろおつると逢っていることを非難されているのではないか、というふうに考えたのである。