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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

11 第十一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 186,659 字 · 372 页

青空文庫

そして、近正の返辞としては、

(せがれ、一生も、家臣の内にも、不同意の者、これあるによって、御同行の儀は、成り難い)

と、急に態度を変えて、断った――とある。

違約が、違約だけならよいが、いま天下のどこに住んでも、地上の世間は一つでない。西か東か、大坂か徳川方か、二つの世間のどっちかに、身を托さねば、生きてゆけない。

数正との約をやぶり、数正逐電の秘密を事前に知ってしまった以上、とどまる松平近正は、かならず、急を浜松に報じて、身の潔白を証し立てるに利用するだろう。――一大事! とばかり数正の使いが、その狼狽ぶりを、帰るやいな、あたりの人々へわめきちらしたのも、むりはない。

「はて。何としたものか」

家臣たちは当惑した。数正の妻子たちはもとよりである。いよいよもって、帰らぬ奥の客がもどかしい。

「佐内佐内。もう猶予してはいられません。そっと、殿に、お耳打ちでもして……」

数正の妻は、気もそぞろに、いいつけた。山田佐内は奥へ走って、主人と伝右衛門のいる客間の外を窺った。

――と、室内では、依然たる主客二人の声が、初めよりも感情を昂めて、たがいに、何事か、云い争っているふうである。