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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

08 第八分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页

青空文庫

「筒井家の先鋒は、まだ見えぬか」

「見えませぬ」

「高山、中川、池田などの使いは?」

「何の訪れもありません」

陽の傾く頃まで、光秀は幾度も、同じ問いを、帷幕から陣外へ発してみた。

そして自身も折々、

(そんな筈はないが?)

と、いぶかる如く、陣外に出て、河内摂州の山野をながめ、焦躁の眉へ、手をかざしていた。

彼がここへ来た唯一の目的は、大和の筒井順慶の軍を待つためだった。もちろん事前に順慶とは諜し合わせてあることでもあり、平常の関係としても、一子十次郎を養子にやる約束まで結んである筒井家のことなので、この来会と協力は当然なものとして、ほとんど、何らの疑いもさしはさまず、約を履んで、旌旗を立てていたものであった。

ところが、日も暮れかかるに、その順慶は遂に来ない。――のみならず、一面、疾く檄を飛ばしていた高槻の高山、茨木の中川、伊丹の池田などの、わが麾下と見なしていたところの諸将も、いい合わしたように、ひとりとしてここに会合する者を見ないのである。

光秀の焦躁は当然であった。

「利三。何の手違いであろう?」

彼はなおこれをもって、諜状の手ちがいか、或いは諸軍勢の用意が遅れているもののような程度に解したがっているふうだったが、そう質問をうけた老臣の斎藤内蔵助利三は、すでに非なる大勢が心のうちに読めていた。