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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
08 第八分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页
櫓は半崩れとなり、死傷者もだいぶ出た。それにこの梅雨どきである。病人はふえるし、食糧も濡れびたしとなり、廓内の惨状は目もあてられない。
西曲輪と東曲輪との往来さえ舟や筏でするほどだった。城兵は、染戸の染板数百枚をあつめて、軽舸を作った。水上戦のとき、それに載って寄手の大船へ攻めかかった勇者もある。そのとき二、三の軽舸は沈没されたが、泳ぎ帰って、ふたたびこの中で指揮している者もあり、何しろ農民までが、今は兵にも劣らない決死のすがたを持っていた。
「他郷へ逃げれば逃げてもよいお前たちなのに、われらと運命をともにさせたのは不愍であった」
と、守将の清水宗治が見廻っていたわると、彼らやその家族たちは声をあげて哭きながらも、
「殿さまと御一緒なればうれしゅうございまする」
と、みな答えた。
宗治の日頃の民望が今この声となったものである。
吉川、小早川の援軍が、彼方の山々に到着して、その旗幟をここから望んだときは、全城の士民はみな蘇生の思いを抱いて、
「もう大丈夫」
と、一日中、歓呼したものだった。しかし、それも遂に、自分たちを救うことの出来ないものであったと、彼我の地勢や作戦上の理解に知って、一時は落胆したものの、決して戦意を捨てはしなかった。