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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
08 第八分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 192,758 字 · 383 页
薫風一扇
「さればよ。この首は、今日まで男競べいたした秀吉の見参にも入り、信長の前にも供えらるべきもの。――余りに窶れていては、一旦の籠城にかばかり老いさらばいつるかと、中国武士の荒胆を軽んぜられも致そうか。――さもありては口惜しきゆえ、かくは男をつくりて候ぞや。嗤うな。嗤うな」
と、いって笑った。
迎えが来た。――時刻とみえ、対岸の蛙ヶ鼻に赤い小旗が見え出したという。
「さらば、参ろうか」
宗治はつと立った。
不覚と思いながらも抑えきれずに、この時、衆臣の中から嗚咽がながれた。宗治は耳なき人のように、さっさと、城壁の方へ歩いた。小舟は、新しき藁の莚を敷き、白き死の座を備え、あくまで清浄に、舷を洗って彼を待っていた。
宗治の兄月清入道と、末近左衛門のふたりがさきに乗っていた。
ほかに宗治の郎党難波七郎次郎が櫓を把って控え、介錯人を命ぜられた幸市之丞が端にいた。
薫風一扇
舟は城を離れた。
難波七郎次郎の漕ぐ櫓のあとに、ゆるい波紋が残されてゆく。
「あれよ、殿さまのお舟が」
「真っ白なおすがたで」
「わしらの命にお代りくださるのじゃ」
「勿体なや。勿体なや」
城中五千人のうちの三分の一は領下の百姓老幼であった。