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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

10 第十分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 176,911 字 · 353 页

青空文庫

天正十二年三月二十一日の、早朝のことだ。

難波の葭に、行々子の音が高い。花はちり、行く春の巷に、埃りが舞って、長い長い甲冑の武者や馬の出陣列に、花つむじが幾つもの小さいつむじを捲き、それが自然の餞別のように見えた。

沿道には、それを見物する庶民の男女が、果てなく垣を作っていた。

この日、秀吉に従う将士、総軍三万余と称された。

たれも、その中のただひとり、秀吉のすがたを見ようとした。

「見えなかった」という者と「見た」という者と、まちまちであった。

おそらく気がつかぬ者が多かったのであろう。小男の秀吉が逞しい騎馬の諸将にかこまれると、よけいに小さくみえ、風采もあがらないので、眼に見ても、それと教えられなければ、ちょっと気づかぬ程である。

が、秀吉はこの群衆を見、

「浪華は繁昌しよう。いまや興りつつあるようだ。まずまず大丈夫」

と、ひそかな笑みに確信していた。

秀吉の六感は、群衆の色彩を見てそう思った。彼らの好みは明るくて大どかな色と模様を択んでいた。亡運をたどる城下にこの光景はない。男女の皮膚の色には進取な気が耀いている。市民の生活はうまくいっているらしい。