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にほんばしふきん

日本橋附近

田山 花袋

「東京日日新聞」1927(昭和2)年4月19日〜5月5日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,383 字 · 37 页

青空文庫

ただその家屋はなくなってしまっていても、その昔知っている店が点々としてそここに残っているのは懐しかった。風月堂は丁度私の奉公していた本屋の筋向いになっていたので、あの篆字で書いた軒ののれんには私は終日長く相対していたものだった。またそれから少しこっちに来て、松月堂という菓子屋があって、そこで紅梅とか何とかいう赤い青い小さな珠のような菓子を、店の女隠居から買いにやられたものだが、今でもその菓子があるか何うか。

丸善の向う側からなお少し向うに行った角に、小さなそば屋があるが、あれも私に取ってはなつかしいものの一つだった。なぜなら、あのそば屋は昔はもっと大きく、てすりを取廻した二階などがあって、その年の大晦日の十二時過ぎに、私のいた店の番頭達が、一年の労を慰めるために小僧達をそこにつれて行って御馳走したことがあったからであった。その時分のあの大通の大晦日のにぎやかさは、今とは全く趣を異にしているが、しかもその人出の多かったことは、とても今の比ではなかったようだ。夜店が一杯に両側に出て、植木などが並んで、カンテラの煙が悪くむせるように街上をくすぶらしていたものだった。