轻读日语

轻松读懂日语经典作品

ja-reading.com

轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。

にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

しかしあの神秘感に代うるに、永遠への思慕としての物のあわれをもってすれば、右の唐突な連想が必ずしも所を得ないものでないことを知り得ると思う。この作者がいたずらに放恣な空想に身を委せず、厳密に根本の動機に従ったことは、末尾に現われた不死の薬の取り扱い方によっても明らかである。帝は姫の贈った不死の薬を駿河の山の嶺で焼く。その理由として帝は歌う、「逢ふこともなみだに浮ぶ我身には死なぬ薬も何にかはせむ」。欲するものは現世の永続ではなくして、現世のかなたの永遠の美である。失われた永遠の美を慕うて嘆くものには、不死の薬は何の意味もない。ここに不死の薬というお伽噺的な物が、シナにおいて永生への思慕の象徴として案出せられた時に比べれば、はるかに高い立場から取り扱われていることを認めなくてはならぬ。この注意によってこの作は荒唐を脱する。芸術品としての美を獲得する。

なおまた我々は、この作が物語の最古のものであるゆえをもって、同時に幼稚であると考えてはならない。それは文章の簡勁、描写の的確、構図の緊密において、平安朝盛期の物語に優るものを持っている。その眼界においても、後のものよりは広く大きいと言える。