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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

ただ一つ詳細なる伝記として彼の宗派の伝える『道元和尚行録』も、ほとんど道元の人格を理解せざる者の手に成ったように見える。それに拠ったらしい道元伝が永平寺蔵版の道元全集巻頭に付せられているところを見ると、この宗派の高僧たちも宗祖に対するかくのごとき侮辱を寛容するほどに悟りを開いているらしい。しかし自分は、道元の言葉に驚嘆すればするほど、このばかばかしい伝記に対して憤りを感ぜずにはいられない。ここには道元の高貴なる人格的生活は看過され、その代わりにあらゆる世間的価値と荒唐なる奇蹟とが彼を高貴にするために積み重ねられている。もとよりこれらの伝記は、真実に道元の著書に親しむものにとっては、何の害にもならないであろう。しかしこの偉大な宗教家の伝記がこのような形でのみ製作せられていたという事実は、道元に対する理解がその宗派内においてさえもいかに乏しかったかを最も雄弁に語るものである。

禅門に入る人々は彼ら自身の悟りを目的とする。道元に対する歴史的理解のごときは第一義の問題でない。かく抗弁する人があるかも知れない。が、しからば彼らは何ゆえに「彼」を宗祖とするのであるか。