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にほんせいしんしけんきゅう

日本精神史研究

和辻 哲郎

推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页

青空文庫

しかるに慶雲二年に至って、「冠位已に高うして食封何ぞ薄き」という理由の下に、正一位六百戸より従四位八十戸に増額された。久米氏はこの六百戸を八十町に対比して、一町を封八戸許に較したりと言われるのである。しかしこの食封は厳密に賜田と対応させられているとは言えない。正一位位田八十町に対して食封は六百戸であるが、しかし従四位は位田二十町に対して食封八十戸である。また令によれば、太政大臣の職田は四十町であるが食封は三千戸である。すなわち正一位においては一町すなわち七戸半、従四位においては一町すなわち四戸、太政大臣においては一町すなわち七十五戸である。

自分は位田功田職田の類が、自ら耕作するを許さざるほどの広大な面積にわたるものである限り、必ず収穫五分の一の小作料をもってその収入としたに相違ないと考える。かの「代耕の禄」(続記、慶雲三年三月、詔)とは恐らく小作料を指すものであろう。封戸は、賦役令によれば、その領するところの戸の田租を二分し、一半を官に収め一半を領主の有とするのであって、収入の高きわめて明白である。またその徴収も、官に委任して官収の半ばを受ければよいのである。