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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
仏法とはまさに矛盾対立を通じて展開する思想の流れなのである。無限なる葛藤の連続なのである。従って理論的に綿密な反駁、討論、主張などに入り込むことなしには嗣法することはできないのである。
道元のこの思想は、禅宗を一概に神秘説とのみ考えることに対して我々を警戒する。道元自身はすでにこの警戒を彼の時代の禅僧に与えた。また彼の法孫のうちにもその時代の禅僧に向かって同じき警戒を繰り返したものが少なくない。今一例として『弁註』の著者天桂(慶安元―享保二〇、一六四八―一七三五)が「葛藤」の注中に記した言葉を引こう。「葛藤纏繞の上に於て無礙なる道著現成す、荊棘林中に自在を得るの義なり。今時の師学倶に生死岸頭に於て遊戯し、荊棘林中に大自在を得る等と、当土なしの虚言を吐て、又傍には不立文字不レ在二言句上一、無義無味無文無句、公案は参ずるのみ、義解して講ずべからず、と云ふ。これを尻口不レ合虚言と云ふ。古仏の葛藤纏繞葛藤の句夢にも見ざる故なり。」「今時の師学倶に文字を葛藤と云ふて、甚嫌択する、実に怪笑に堪たり。」これらの語は道元を祖師とするものの当然口にせざるを得ないものである。