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にほんせいしんしけんきゅう
日本精神史研究
和辻 哲郎
推古時代における仏教受容の仕方について「思想」1922(大正11)年7月<br>仏像の相好についての一考察「思想」1922(大正11)年5月<br>『万葉集』の歌と『古今集』の歌との相違について「思想」1922(大正11)年8月<br>お伽噺としての『竹取物語』「思想」1922(大正11)年11月<br>『枕草紙』について「思想」1922(大正11)年9月<br>『枕草紙』の原典批評についての提案「思想」1922(大正11)年9月<br>『源氏物語』について「思想」1922(大正11)年12月<br>「もののあはれ」について「思想」1922(大正11)年10月<br>歌舞伎劇についての一考察「思想」1922(大正11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 208,277 字 · 415 页
しからば道元が如浄のこの主張に影響せられたことは、彼が意識してシナの禅宗全体に対する抗議に同じたことでなくてはならない。このことは我々にとってはなはだしく興味ある事実である。道元は日本においてまだ禅宗の伝統の確立されない時にシナに渡った。真に禅宗の思潮に没入し得た日本人は、彼が最初であったと言ってよい。しかるに彼は、すでに六、七百年の伝統を有する末期のシナ禅宗の中に飛び込むとともに、敢然として、このただひとりなる如浄を正しとしたのである。すなわち彼は、禅宗の伝統よりも、如浄一人を択んだのである。彼の後にいかなる禅宗がシナ人によって日本へ導き入れられたにもせよ、とにかく最初に力強くそれをなしたこの日本人は、その禅宗に対する抗議者として「禅宗」なるものを否定しつつそれをなしたのであった。この点から見ても、禅宗の非論理的傾向に対する彼の反抗の思想が、当時のシナの流行思想をそのまま輸入したものでなかったことは明らかであろう。ここに我々は、彼の道得や葛藤の思想の特に重大視せらるべきゆえんを見るのである。
(大正九年―十二年)
追記 この一篇は、道元の哲学の叙述を企てつつ途中で挫折したものであって、その事情はすでに序文に述べておいた通りである。