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さくらのみのじゅくするとき

桜の実の熟する時

島崎 藤村

「文章世界」1913(大正2)年1~2月、1914(大正3)年5月~1918(大正7)年6月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 111,569 字 · 222 页

青空文庫

田辺の主人と民助とは同郷の好みも有るのである。

「民助さん、まあ見て遣って下さいよ。捨さんの足はこういうものですよ」とお婆さんは捨吉の兄に茶をすすめながら話した。

「捨さん、一寸そこへ出して兄さんにお目にお掛けな」と細君は捨吉を見て言った。「この節は十文半の足袋が嵌りません。莫迦に甲高と来てるんですからねえ」

「どうだ。俺の足は」と主人はセルの単衣を捲って、太い腰の割合に小さく締った足を捨吉の方へ出して見せた。

「父さんの足と来たら、これはまた人並外れて小さい」と細君が言った。

民助は奥座敷の縁先に近く主人と対い合って坐っていた。こんこん咳払いするのが癖で、「自分等の年をとったことはさ程にも思いませんが、弘さんや捨吉の大きく成ったのを見ると驚きますよ」と言って復た咳いた。

「なにしろ、『お婆さん、霜焼が痛い』なんて泣いた捨吉が最早これだからねえ」と主人は肥満した身体を揺るようにして笑った。

内輪のものだけの祝いがあった。昔を忘れないお婆さんも隠居らしい薄羽織を着て、まだ切下げたばかりの髪の後部を気にしながら皆と一緒に膳に就いた。

「弘は兄さんの側へ御坐りなさい」