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じろうものがたり

次郎物語

下村 湖人

04 第四部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 178,724 字 · 355 页

青空文庫

……じゃ失礼します。」

次郎はいそいで階段を上りながら、徹太郎叔父も、学校の先生だけあって、やはりこんな場合には事なかれ主義らしい、という気がして、ちょっとさびしかった。道江がお芳か姉の敏子(徹太郎の妻)かにしゃべったのはもうたしかであり、そのあまりなたよりなさには、むかむかと腹も立った。

俊三はもうその時には蚊帳のなかでいびきをかいていた。

次郎には、なぜか、俊三がにくらしくもあわれにも思えた。そして、机によりかかってじっといびきに耳をかたむけるうちに、子供のころの自分の生活に、よかれあしかれ、あんなにも探いかゝわりをもっていた肉親のひとりが、今はまったく別の世界に住んでいる。人間というものは、年月がたつにつれ、こうして次第にわかれわかれになって行くものだろうか、などと考えて、変な気持になって行った。

しかしノートをひらいて血書の文句を書き出した時には、彼はもう一途な力強い感情におされて、徹太郎のことも、道江のことも、俊三のことも忘れていた。そして、書き終った文句を何度も何度もよみかえしたあと、足音をしのばせるようにして階下におりていったが、やがてもどって来た彼の手には、父の西洋かみそりと一枚の小皿とがにぎられていた。