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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

手の、すぐれて白く細長い指の線とを見守っているうちに、再びあの痙攣のような薄笑いを口元に浮かべて、

「お久」

と呼んだ。

「お前、その剃刀を持っておいで」

「はい」

お久の返辞は聞き取れない程かすかであった。そして、彼女が項垂れながら立ち上ると、一時静まっていた部屋の空気がしとやかな風を起して、燈火の穂がゆら/\と道阿弥の死顔の上に影を作った。

さて河内介は、

「此処へすわれ」

と、彼女を首の前にすわらせてから、

「お前が切れ」

と云うのである。

「さ、剃刀をこう云う風に持ってな、………そうだ、………それから此の鼻を、此処から斯う真っ平らに、きれいに切るんだ」

「は、はい、―――」

「やって御覧。これは死人の首なんだから、ちっとも恐いことはない」

「でも、あの、………どうぞ御勘弁遊ばして、………」

「いゝや、ならぬ。切れ! 切れと申すに!」

剃刀を持ったまゝわな/\ふるえているお久には、河内介の叱の声もおそろしかったが、それ以上に道阿弥の顔つきの方が物凄かった。なぜなら、此の場になっても道阿弥は依然として瞳を一点に据え、さっきからの表情を微塵も崩さずに、気味の悪い程おとなしくしているのである。