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ぶしゅうこうひわ

武州公秘話

谷崎 潤一郎

01 武州公秘話

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页

青空文庫

、いち早く弾丸の放たれた方へ視線を向けた河内介は、二丁程の距離を隔てゝじっと此方を窺いながら立っている一人の武士の姿を認めた。それは黒漆の胴に金蒔絵のある立派な具足を着けた武士で、河内介が直覚的に「彼奴だ」と感じたとき、第三弾を放とうとして身構えていたその男は、慌てゝ銃を捨てゝ逃げた。

図

河内介は、直ぐ追いすがるには餘り間が遠過ぎたので、相手に悟られないように、見えかくれに跡を附けた。そしてその武士が大手の濠の際へ来たときに、一間とは離れぬ迄に近づいて、

「待て」

と、背後から不意に浴びせた。

「おう」

と云いさま、呼ばれた武士は静かに振り向いて、二三尺あとへ退って立った。見ると、四方白の星兜を着けた、人品の卑しくない侍で、胴に光っている金の蒔絵は「龍」の一字が大きく書いてあるのであった。

「名のれ。―――己は桐生武蔵守輝国の嫡子、河内介輝勝」

「いや」

と、武士は河内介の言葉を遮るようにして云った。

「名のる迄もない」

「卑怯な奴、なぜ飛道具を使ったのだ」

「そんな覚えはない」

「黙れ! たしかに見ていた、鉄炮を捨てゝ逃げたのは貴様だ」

「いや、それは人違い」

「よし! 何処迄もしらを切れ」