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ぶしゅうこうひわ
武州公秘話
谷崎 潤一郎
01 武州公秘話
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 107,572 字 · 209 页
と云う武士に「おりべどのゝはなを討つ」ことを頼んだらしい女文字の主は誰であろうか。たゞ「図書どの」とあるばかりで宛名の下に何の署名もないけれども、「このことかなへてくれ候へばむにの忠義たるべきぞ」と云う言葉から推しても、宛名を小さく下の方に書いている体裁から見ても、此れは身分のある上が我が名を秘して目下の者へ申し送ったものゝようである。もし此の文が河内介以外の者の手に渡ったとしたら、何故に此の上※(「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1-91-26)が織部正の命を取らないで鼻だけ取ることを望んでいるのか、そうしてそれが又何故に「父の無念を晴らす」ことになるのか等の謎を解くのに苦しんだであろうし、正気の沙汰とは受け取りにくかったであろうが、河内介が此の怪しい水茎のあとをじっと視つめていると、次第に彼の頭の中で此の間からの疑問の雲が晴れて行くのであった。
図
「桔梗のおん方、………」
そう思ったとき、河内介は鎧に蒸された肌の上がぞうッと総毛立つのを感じた。彼は先代一閑斎の時代から筑摩家に人となったのだけれども、素より奥向きへは出入りを許されていなかったので、まだ桔梗の方の顔を見たこともなく、美人の噂は疾くより耳にしているものゝ、その性質の善悪賢愚等については何も聞き込んだことはなかった。