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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

三の二

孝之助は絞めるに任せた。眼がぼうとなり両方の耳が血で塞がるように思った。そして、その刹那に腰をはね、足で地を蹴った。絞めることに全力をかけていた八束は、重心の虚をつかれてのめった。孝之助は上になり、拳をあげて八束の顔を殴った。が、同時にうしろから、後頭部を烈しく打たれ、自分では次の打撃を避けるつもりで、躰を躱そうとしたまま、意識を喪ってしまった。

三の二

雨が降っていた。

ずいぶんながいこと、降り続いているようでもあり、幾たびか、やんだり降ったりしているようでもあった。庇をうつ雨の音が、いつも聞き慣れているのとは違うので、此処は自分の家ではない、と気がついてから、少なくとも、四五日は経つように思ったが、それは、頭を強く打たれたため、判断力や記憶力が狂っていたからで、現実に意識をとり戻したのは、決闘の日の昏れがたであった。

鉄馬がそっと入って来た。ふり向いた孝之助の眼を、暫く見ているようにしてから、そばへ来て坐った。

「顔色がよくなったね、気分はどうだ」

「少し頭が痛むだけだ」

孝之助はそう答えながら、此処が笠井の家であることに、初めて気づいた。

「おれは、ひどくやられているのか」