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ちくはくき

竹柏記

山本 周五郎

「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,798 字 · 91 页

青空文庫

「刀傷は一つもない、うしろから頭をやられたが、危ないところで躱して、鍔が当っただけだ、やった男も、みね打をくっていて、手もとが慥かではなかったらしいが」

「そこへ来て呉れたのか」

「もうひと足というところだった」

鉄馬の話によると、その早朝、笠井の家へ使いがあって、

――はたし合の場所は中洲に変更された。

と、云ったそうである。まだうす暗い時刻で、高安から、と伝言しただけで、鉄馬には会わずにたち去った。聞いた下僕も、門を隔ててのことだし、「内密に」と云われたままを、鉄馬に伝えた。

中洲というのは、大雲寺ヶ原とは反対の方向で、城下町から南へ、一里ちかくいった、染井川の流れの中にあり、小松や灌木のよく茂った、殆んどもう島といった感じの洲であった。鉄馬はいちどそこまでゆき、そんなようすのないのを認めて、これは欺かれたと直感した。……時刻は迫っている、まにあわないかもしれない。鉄馬はそこから走って、小林三郎兵衛という友人の家を叩き、ちょうど来あわせた石川内記と三人、馬で大雲寺ヶ原へ乗りつけた、ということであった。

「どうしてそんな」孝之助は眉をひそめた、「――小林や石川などまで伴れて来たんだ」