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わかきひのせっつのかみ
若き日の摂津守
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1958(昭和33)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,437 字 · 47 页
九
おたきはけげんそうに、「どういうことでございますか」と光辰を見た。
「その書類はとっておく」と光辰は云った、「焼くこともないしおまえに心配もさせない、おれが自分で持っていよう」
「それで大丈夫でございますか」
「おろかに育ったことが力になるだろう、と松山は云った、そのとおりだ、おれがなにか始めるとしたら、このおろかしさがなによりの武器だ」と光辰は微笑した、「――それはむろん、もっと先のことだろう、年月をかけてゆっくりやる、仕損じたとき再起のできないようなまねはしない、辛抱することでは誰にも負けないからな」
そして静かに立ちあがり、「おいで」と云って手を伸ばした。彼はおたきの手を取って立たせると、自分の褥のほうへ誘いながら囁いた。
「ようやく約束したときが来たらしいよ」
おたきは光辰をみつめた。なんの意味かすぐにはわからなかったのだろう、しかし突然、どきっとしたように眼をそむけると、顔を染めながらふるえだした。光辰は立ったままでおたきを抱いた。彼もまたふるえていた。
九
五月初旬に、賀名川で鮎漁がおこなわれた。
おたきはからだの不調で出られず、光辰も風邪ぎみで気が重かった。