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なおこ

菜穂子

堀 辰雄

楡の家 第一部「物語の女」山本書店、1934(昭和9)年11月<br> 楡の家 第二部「文学界」1941(昭和16)年9月号<br> 菜穂子「中央公論」1941(昭和16)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 88,758 字 · 173 页

青空文庫

しかし山登りなどをなさるのではなく、ただ山の麓をドライヴなどなさるのが、お好きなのであった。……私はまだその頃は、いつも行きつけているせいか、海の方が好きだったのだけれど、お前のお父様の亡くなられた年の夏、急に山が恋しくなりだした。子供たちは少し退屈するかも知れないが、何んだかそんなさびしい山の中で、一夏ぐらい誰とも逢わずに暮らしたかったのだ。私はその時ふとお父様がよく浅間山の麓のOという村のことをお褒めになっていたことを憶い出した。何んでも昔は有名な宿場だったのだそうだけれど、鉄道が出来てから急に衰微し出し、今ではやっと二三十軒位しか人家がないと云う、そんなO村に、私は不思議に心を惹かれた。何しろお父様が初めてその村においでになったのは随分昔のことらしく、それでお父様はよく同じ浅間山の麓にある外人の宣教師たちが部落しているK村にお出かけになっていたようであるが、或る年の夏、丁度お父様の御滞在中に、山つなみが起って、K村一帯がすっかり浸水してしまった。その折、お父様はK村に避暑していた外人の宣教師やなんかと共に、其処から二里ばかり離れたO村まで避難なさったのだった。