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いもがゆ

薯粥

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1943(昭和18)年12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,018 字 · 24 页

青空文庫

監物忠善には、もう云うべき言葉はなかった。ただこれほどの人物を眼の前にして、おのれの家臣にできぬ恨みだけが、苦しいほど切なくかれの胸をしめつけるのだった。

十時隼人は矢作橋が完成するまでいたが、完成すると間もなく、来たときと同じように飄然と岡崎を去った。

「もうみんなに、薯粥のふるまいができなくなったからな」袂別の朝、さいごの粥を啜りあいながら、隼人は笑ってそういった、「また何処か人足の稼ぎのあるところへゆくよ、そして青草原のあるところへ、……この二つさえあるところなら、どこでもおれの道場だ」それから餞別としていって置くがと、かれは容を正していった、「戦場へ出て、一途不退転のはたらきをするのには、日常の生きかたが大切だ、百石の侍に出世することよりも、足軽として誰にも劣らぬすぐれた人間になれ、それが正しい生きかただ、今日まで教えたおれの兵法の根本は、ここにある、それを忘れぬように……」こうして、十時隼人と妻の七重とは去った。しかしかれが去ってからあとで、かれの評判は却って高くなった。さまざまな噂がうまれ、まことしやかな説がひろまった。

――十時隼人というのは仮名だった、あれは柳生家の十兵衛三厳どのだというぞ。