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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
知合いと見えて、芙蓉は快くその誘いに応じて、車の方へ歩きかけたが、その時やっと、彼女のあの特徴のある大きな目が、柾木の姿を発見したのである。
「アラ、柾木さんじゃありませんの」
彼女の方で声をかけてくれたので、柾木は救われた思いがした。
「エエ、通り合わせたので、お送りしようかと思って」
「マア、そうでしたの。では、お願い致しますわ。私丁度一度御目にかかりたくっていたのよ」
彼女は先口の紳士を無視して、さも慣れ慣れしい口を利いた。そして、その紳士にあっさり詫言を残したまま、柾木に何かと話しかけながら、彼の車に乗ってしまったのである。柾木は、このはれがましい彼女の好意に、嬉しいよりは、面喰って、運転手に予ねて聞知った芙蓉の住所を告げるのも、しどろもどろであった。
「池内さんたら、この前の日曜日の御約束をフイにしてしまって、ひどござんすわ。それとも、あなたにお差支がありましたの」
車が動き出すと、その震動につれて、彼の身近く寄り添いながら、彼女は話題を見つけ出した。彼女は其後も池内と三日にあげず、会っていたのだから、これは無論御世辞に過ぎなかった。柾木は、芙蓉の身体の暖い触感に、ビクビクしながら、差支のあったのは、池内の方だろうと答えると、彼女は、では、今月の末こそは、是非どこかへ参りましょう。