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むし
虫
江戸川 乱歩
一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页
柾木は必要以上に長い間、相手の首をしめつけていた。離そうにも、指が無感覚になってしまって、云うことを聞かなかったし、そうでなくても、手を離したら、ビチビチ躍り出すのではないかと、安心が出来なんだ。だが、いつまで押えつけている訳にも行かぬので、怖る怖る手を離して見ると、被害者はくらげの様に、グニャグニャと、自動車の底へ、くずおれてしまった。
彼はクッションを取りはずし、難儀をして、芙蓉の死骸を、その下の空ろな箱の中へおさめ、元通りクッションをはめて、その上にぐったり腰をおろすと、気をしずめる為に、暫くの間、じっとしていた。外には、相変らず、かっぽれの楽隊が、勇ましく鳴り響いていたが、それが実は、彼をだます為に、態と何気なく続けられているので、安心をして、シェードをあげると、窓ガラスの外に、無数の顔が折り重なって、千の目で、彼を覗き込んでいるのではないかと思われ、迂濶にシェードを上げられない様な気がした。
彼は一分位の幕の隙間から、おずおずと外を覗いて見た。だが、安心したことには、そこには彼を見つめている一つの顔もなかった。電車も自転車も歩行者も、彼の自動車などには、全然無関心に、いそがしく通り過ぎて行った。