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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

悲しくも既に強直して畳の上に横たわっていた。だが、それは、ある種の禁制の生人形の様で、決して醜くなかったばかりか、寧ろ異様になまめかしくさえ感じられた。

柾木はその時、疲れ切った脳髄を、むごたらしく使役して、奇妙な考えに耽っていた。最初の予定では、たった一度、芙蓉を完全に占有すれば、それで彼の殺人の目的は達するのだから、昨夜の内に、こっそりと、死骸を庭の古井戸の底へ隠してしまう考えであった。それで充分満足する筈であった。ところが、これは彼の非常な考え違いだったことが分って来た。

彼は、魂のない恋人のむくろに、こうまで彼を惹きつける力が潜んでいようとは、想像もしていなかった。死骸であるが故に、却って、生前の彼女にはなかったところの、一種異様の、人外境の魅力があった。むせ返る様な香気の中を、底知れぬ泥沼へ、果てしも知らず沈んで行く気持だった。悪夢の恋であった。地獄の恋であった。それ故に、この世のそれの幾層倍、強烈で、甘美で、物狂わしき恋であった。

彼は最早や芙蓉のなきがらと別れるに忍びなかった。彼女なしには生きて行くことは考えられなかった。この土蔵の厚い壁の中の別世界で、彼女のむくろと二人ぽっちで、いつまでも、不可思議な恋にひたっていたかった。