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むし

虫

江戸川 乱歩

一~四「改造 第十一卷第六號 六月號」改造社、1929(昭和4)年6月1日<br>五~十二「改造 第十一卷第七號 七月號」改造社、1929(昭和4)年7月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 44,053 字 · 86 页

青空文庫

十

と一句一句、叮嚀に言葉を切って、子供に物を云う様な調子で答えた。そして、気の毒相に柾木の取乱した服装を眺めるのだった。

「じゃ、代用品を下さい。大型の注射器ならあるでしょう。一番大きい奴を下さい」

柾木は自分の言葉が自分の耳へ這入らなかった。ただ轟々と喉の所が鳴っている様な感じだった。

「それならありますがね。でも、変だな。いいんですか」

番頭は頭を掻きながら、躊躇していた。

「いいんです。いいからそれを下さい。サア、いくらです」

柾木は震える手で蟇口を開いた。番頭は仕方なく、その品物を若い店員に持って来させて、「じゃあまあお持ちなさい」と云って柾木に渡した。

柾木は金を払って、その店を飛び出すと、それから、今度は近くの薬屋へ車をつけて、防腐液をしこたま買求め、慌しく家路についたのであった。

十

ギャッと叫んで逃げ出す程、ひどくなっているのではないかと、柾木は息も止まる気持で、階段を上ったが、案外にも、芙蓉の姿は、却って、朝見た時よりも美しくさえ感じられた。触って見れば強直状態であることが分ったけれど、見た所では、少しむくんだ青白い肉体が艶々しくて、海底に住んでいる、ある血の冷い美しい動物みたいな感じがした。