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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

彼の顔には、皮肉なうすら笑いさえ浮んでいた。孔子は闇をとおして、はっきりそれを感ずることが出来た。

「子貢、わしはお前の期待にそむいたらしいね。」

子貢はやはり默っていた。ただ彼の息だけがますますはずむばかりであった。

「お前は、わしが色々の学問をして、あらゆる場合に処する手段を知っていると思っているのだね。」

「むろんです。そ……そうではありませんか。」

子貢の声はふるえていた。

孔子は星空を仰いで、かすかにため息をもらしたが、すぐまた子貢を見て、ゆっくりと、しかし、どこかに厳しい調子をこめていった。

「そうではない。わしを貫くものはただ一つじゃ。その一つにわしの全生命が懸っているのじゃ。」

孔子は、しかし、そう云い終って非常に淋しかった。門人たちにすら理解されない道を抱いて、野に飢えている自分を、しみじみといとおしむ気にさえなった。同時に、理解しないままに、自分と一緒にこうして難儀をしている門人たちが非常に哀れに思われて、何とかやさしい言葉の一つもかけてやりたくなった。

(しかし――)

と彼は考えた。

(1自分は倦んではならない。一時の感傷にひたって、門人たちを甘やかしてはならない。