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ろんごものがたり

論語物語

下村 湖人

「現代」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 132,688 字 · 266 页

青空文庫

しかし人間の道を踏みはずしたら、曠野にさまよう野獣も同じだ、という意味だと存じます。」

「うむ。ところでわしの道をどう思う? 誤っていはしまいかの。わしは、現にこうして、野獣のように曠野にさまようているのじゃが。」

「先生の道が誤っているかどうかは存じません。しかし、人が自分の言を信じてくれなければ、自分の仁がまだ完全でない、と思わなければなりますまい。また、人が自分の説く道を行ってくれなければ、自分の知がまだ不十分だ、と思わなければなりますまい。」

子路の答は極めて無遠慮で、その声の調子にも、不平満々というところがあった。孔子は、しかし、しずかにいった。

「それはお前の思いちがいじゃ。もし仁者の言が必ず信ぜられるものなら、伯夷・叔斉が餓死することも無かったろうし、また、智者の説くところが必ず行われるものなら、王子比干が虐殺されることもなかったろう。」

伯夷・叔斉は、孤竹国君の二子で、周の武王が殷の紂王を伐とうとした時に、これを諌めて用いられず、周の粟を食むのを潔しとせずして首陽山にかくれ、蕨を採つて食つていたが、遂に餓死したと伝えられる仁者である。また、王子比干は、殷の紂王の叔父で、紂の暴虐を諌めて三日も動かなかつたために、遂に紂王のために虐殺されたと伝えられる智者である。