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はちのき
鉢の木
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1944(昭和19)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,534 字 · 28 页
道で佐伯さまにお会い申しました」「これまで幾たび会った」びっくりしたように萩尾は眼をみはって兄を見あげた、「……これまでお眼にかかったことはございません、佐伯さまはいかがですか存じませぬけれど、お会い申してお言葉を交わしたのはわたくし今日が初めてでございます」「それに相違あるまいな」「はい……」美しく澄んだまぎれのない眸子だった、かれはその眼をじっと見まもっていたが、やがて封じ文をそこへさしだした、「この文は承知で貰ったのか」「…………」萩尾はそれを見やったが、まるで覚えのないようすでそっと頭を振った。「いまおまえの袂から落ちたのだ、知っていたか知らなかったのか」「存じませんでした」「きっとだな」「はい……」よしと頷いたかれは、刀を取って立ちあがった。萩尾は色を失い、身を震わせながら兄上さまと呼びかけた、かれはそのまま土間へおり、草履を穿きつつふり返って、「すぐもどって来る、そこに待っておれ」そう云いすてると大股に外へ出ていった。
状態が違っていたらそれほどのいきどおりは感じなかったかも知れない、あらゆる事がゆきづまり、ひたすら死を思っている