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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

第一席 天一坊は大逆犯人のこと

第一席 天一坊は大逆犯人のこと

並びに諸説巷間を賑わすこと

徳川八代将軍吉宗の時代に、天一坊事件という騒動があった。

真相のところは諸説まちまちで、ここに紹介すれば四五行で終る記事もあり、本書一冊分くらいのぼうだいな実録もある。

またぜんぶ事実無根だという論もあって、学界……などはべつに問題にもしなかろうが、一般史家などは、……これもまあそのために眼色を変えるほどのことはないだろう。しかし演者としては「事実無根」と云われては困る。

それはこの際は断じて御免を蒙りたい。

天一坊は甲の記録では「改行」という名であるが、乙の文章では「宝沢」と呼ばれている。紀州の産であることは慥からしい。ともかくも将軍吉宗の直筆だという墨付と短刀を証拠にして、――自分は吉宗公の嫡出子である。こう名乗りをあげて、堂々と三葵の紋章をひけらかして、江戸へのりこんで来たということは、これはもうそれだけでたいした度胸である。かつて、敗戦の風雲に乗じて「おれが本家だ」といばりだした熊沢天皇様などとは、そこはいくらか段が違うと思う。

江戸中の評判は、うるさい程度以上であった。幕府としても相手が堂々と来たからには、そ知らぬ顔をしているわけには体面上としてもゆかなかった。