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ながやてんいちぼう
長屋天一坊
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页
「へっ、大岡様にゃあ敵わねえ」
などと虚栄的な感想をもらす。要するにそれだけのことなのであって、特別に唸り出すほどの問題ではないと思う。
天一坊ならびにその連累者たちは、極刑に処せられた。すなわち事件は決着したのであるが、甚だ奇怪にも、愚昧なる市民たちは納得しなかった。
天一坊が現われたときは、かれらはやみくもいきり立ったではないか。公方様にお家騒動を起こそうなんてずぶてえ野郎だ。おらっちの将軍家を乗っ取ろうとはいけっぷてえ畜生だ、石臼で粉にひいてあべ川にしてしまえ。
こういう種類の劣等なる評をしたではないか、にも拘らず一味が極刑に行われると、市民どもは前言を飜して、各自が急にひそひそ話を始めたのである。
「これあごくないだがな、おらあこんどのお裁きは眉睡だと睨んでるんだ、あれにあおめえ裏の裏があるぜ」
「裏の裏たあなんの裏だ」
「大きな声じゃあ云えねえが、おう、ちょいと耳を貸しねえ、よしか、これはごくないだがな、あれあおめえ本物だあ」
「へええ――そうか、やっぱり本物かえ」
「そうだってことよ、あれあ慥かに将軍様の御落胤よ、ひとに饒舌っちゃあいけねえぜ、ごくないの話だからな、よしか、こんなことがわかったらおめえ文句なしに、これだあ」