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ながやてんいちぼう

長屋天一坊

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页

青空文庫

「自分は松平伊賀守家の者であるが、繩屋吾助と申すは其の方であるか」

その武士は、まずこう発言した。年の頃は三十四五歳であるか、眉の太い眼の鋭い、きっぱりとした顔だちで、姿勢のところも凛としていたと云いたい。吾助は店先に這いつくばり、えへら笑い、揉み手、頻繁なる低頭など、各種の挙動をしたことはしたものだろう。そこへ娘おわきが出て来て、「これはこれはようこそ」とそこへ坐って手を突いた、「御家臣様には態々のお運び、ようこそこれへ、いらせられましょうぞえ」

武士は、瞬間的にではあるけれども、恟っとしたのらしい。赭い縮れ毛の髪の、武家風な服装をした、肉付きも骨も四肢もずんぐりと太く逞しい、白粉と紅の化けたような、総体異形なこの女性を、彼は初めは妖怪かなにかと誤解したのか知れない。

ありていに云えば武士はたじたじと半歩ほど後ろへ身を引いた。が、そこはさすが修練のある者だったろう、ぐっと踏止まってさも怪訝そうに吾助を見た。

「へへっ、これなるは娘おわき」こう吾助は申上げた、「即ち佐野源左衛門家の正統なる一女にて若殿、いや御落胤様のお側近くお仕え奉り、そこは親の口よりは言上しがたい処まで、と申しまするところは」