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ながやてんいちぼう
長屋天一坊
山本 周五郎
「講談雑誌」博文館、1950(昭和25)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 29,453 字 · 57 页
そうして供をば従えて、武士は悠々と去っていったのである。それと同時に人垣を作っていた長屋住人共はどっと鬨の声をあげ、足を以て地面を踏鳴らし、
「腹の始末は柳原へゆきゃれ」
などと下劣なる罵詈を喚きたてるのであった。それと同時に、いやそれより先に、店の中ではごうつくが出て来て色けちは色けちで、左右から良人であり父であるところの吾助に掴みかかって、揉みくちゃにしながら叫んでいた。
「この禿頭のろくでなしのすっとこどっこいの兵六玉め」とこれはごうつく、「今日までのあの馬鹿の食い扶持を返せ、うぬのような底抜けのど阿呆のおっちょこちょいにゃ、あいそがつきた、出てゆけえ」
「なにが御落胤だよう、こん畜生」と、これは色けち、「あんな乞食のうす馬鹿を押っ付けやがって、ええ口惜しい、こう、こう、こう、この頓間のへちゃむくれの人でなしめ、おれの腹をどうする気だ、こん畜生、なにが佐野の正統家だ、偽の系図なんぞ書かしやがって、ええ畜生、なにがお書付のお短刀だ、さあ野郎、こうなれゃあ、唯あ置かねえからそう思え」
「長屋の皆さん、ひー」これは吾助、「ひー、どうかお助けを、ひー、あ、どうぞ皆さん、お助け、お助けを、ひー、人殺し」