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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
さっそく明日引っこそうと話がきまると、茂緒は遠慮っぽくいった。
「今日兄にあって、話してくださらない?」
しかし、修造の瞬間のためらいをみてとると、茂緒はすぐ重ねて、
「でも、わたしが、いいますわ。それからあとにして。」
茂緒はふっと、風のそよぎほどの不満を感じたが、さりげなく、
「でも、家へは手紙かいてくださいね。わたし、三日で帰るって出てきたんですから。」
「兄さんにも、手紙かこう。」
明日、ふたりはめいめい新しい家で落ちあうことにした。修造は下宿の荷物を自分で運んでくるから、早くともお昼すぎになるだろうといった。茂緒の方はバスケット一つだからわけはない。支那そばやに入って、十銭のラーメンを注文したあと、念のために茂緒は、新しい家の地図を書いてくれとたのんだ。修造はバットの箱をつぶし、その裏にそれを書きながら、
「渋谷までは分かってるね。玉川電車を三宿で下りて、ここが煙草屋。横丁をまっすぐいって世田谷中学、小学校、オブラート工場と。橋を渡って右へ――もう分かるでしょう。」
「分かります。わたし、さき来て掃除してますわ。」
そういって別れたのだが、兄の家へもどると、いつになく茂緒はぐったりしていた。