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かぜ
風
壺井 栄
「文芸」1954(昭和29)年11月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页
壁のむこう側の段梯子がきしみ、あなたア、と甘い扶佐子の声がして、ああ、帰ってきた、とほっとしたとたん、窓の外を白いものが乱れとんだ。あっと思って外をみると、どんどん焼のかたまりが路上のこちらよりにつぶれ、湯気を立てている。茂緒はそうっと身を引いた。となりでもしばらく声がしなかった。しかし、やがてのことに扶佐子の甘えた声が聞こえてきて、無言劇は幕が閉じたらしかった。
そしてまたやがて、
「井村さんの奥さん、お風呂にいかない。」
ならんだ窓からのぞく扶佐子の声はやさしかった。
「ええ、今、すぐおりますわ。」
広い土間のガラス戸をあけると、道路に投げられたどんどん焼がすぐ目についた。もう湯気はあがってはいず、丸いどんどん焼は無慚にゆがんでいた。扶佐子はそれを下駄で下水の溝に蹴こみながら、
「ねえ。」
と笑った。Nは扶佐子の帰りが一日おくれたのに腹を立てて、せっかく扶佐子が買ってきたどんどん焼をいきなり外になげたのだという。しかし扶佐子は、ねえ、と押さえるようにいっただけで何にもいわない。銭湯でもきげんよく、茂緒と背中を流しあった。扶佐子は手ぬぐいをきっちりとたたみ、背すじの下の方から上へ上へと上手に流してくれながら、