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かぜ

風

壺井 栄

「文芸」1954(昭和29)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 38,702 字 · 78 页

青空文庫

多枝とはなれることで、彼の目つきは気弱くなっているように見えた。

多枝や扶佐子がいなくなると、茂緒もがっかりした。彼女たちに会うこともなくなり、茂緒はせっせと筆耕をし、あいまには伸子を出して張りものをしたりした。何か故郷に帰ったような安心と、とり残されたような寂しさがあった。やがて扶佐子たちのいた家へは巡査が越してき、せっせと内職の裁縫をしていた細君は、茂緒に親しく話しかけ、伸子を借りにきたりした。扶佐子のいた三畳は、親戚か同郷らしい学生が下宿して、扶佐子のときと同じ場所に机をおき、窓べりに腰かけて、ときどき詩を朗々と吟じたりした。おもしろくもなさそうな仕事においまわされていた修造は、そのおもしろくなさで得た金で、年末には茂緒に着物を買ってやるといいだした。はじめてのことだった。三軒茶屋に出て、ぶどうの模様のメリンスを買い、彼の母と兄嫁のために、ねずみ色と紫のベッチンの足袋などを買った。それも修造にとっては、はじめてのことらしかった。暮の町は暮らしくにぎわい、くじびきで茂緒は三等をあてた。立ちぼうきだった。ほうきをかついだ修造とならんで、茂緒も買物包みを胸にかかえて夜店の並んだ電車通りを歩いていた。