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ひだのかいだん

飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選

岡本 綺堂

岡本綺堂『飛騨の怪談 新編 綺堂怪奇名作選』。同一底本的分册已合并为一书。收入:飛騨の怪談、影、画工と幽霊。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 130,271 字 · 263 页

青空文庫

(二十七)

「そうだ、必然そうだろう。」

斯う考えると、彼は矢も盾も堪らなくなった。家内の者共を呼び起すまでもなく、自分一人で彼の虎ヶ窟を探ろうと決心した。で、一旦内へ引返して、応急の薬剤と繃帯とを用意して、足早に表へ出ようとする時、七兵衛父爺が寝惚眼を擦りながら裏口を遅々出て来た。出逢頭に喫驚して、

「や、小旦那……。朝飯も食わねえで何処へ……。駐在所かね。」

「いや、虎ヶ窟へ……。私は一足先へ行くから、皆なが起きたら直に後から来るように然う云って呉れ。」

「虎ヶ窟へ……。」

七兵衛が危む顔を後にして、市郎は早々に飛び出して了った。

(二十七)

市郎が駅を抜けて村境に着いた頃には、旭日が已に紅々と昇った。遠近の森では鳥が啼いて、眼も醒めるような明るい朝の景色は、彼に前途の光明を示すようにも見えたので、市郎は自ずと心が勇まれた。

例の樅林の落葉を踏んで行くと、漸次に山路へ差蒐る。岩は俄に嶮しくなって来た。

「多寡が一里だ。知れたものだ。」

市郎は勇を鼓して登った。が、彼は所謂虎ヶ窟なるものの在所を委しくは知らなかった。小児の時に友達と一所に、一度ばかり登ったことが有るように記憶するが、今となっては其方角も頗る覚束ないものであった。