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ぎょもん
魚紋
吉川 英治
「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页
春作は、気の小さな眼をして、
『風じゃアありませんよ。誰か、戸外で戸をたたいているのだ』
『誰だろう、今頃。――婆やは寝かせてしまったし……』
呟きながら、お可久は起って行った。もう玄庵と伝九郎はパチパチ石を打ちはじめている。
戸の開く音がした。その隙間から湿っぽい風が奥まで流れこんで来る。お可久は、何か暫く戸口に立って、闇の中の人影と囁いていたが、やがて座敷へ戻って来ると、
『山岡屋さん……』
と、眼で呼んだ。
『え?』
『お前さんに用事の人らしいよ、行ってごらん』
『へえ……はてね? ……』
お可久に従いて、山岡屋が部屋を出て行くと、碁を打っていた玄庵も、かまきりも、ジロと其の方へ眼をやった。
山岡屋は、暗い格子戸の外を透かして、
『――誰だい?』
と、云った。
廂の雨だれに打たれながら、頬冠りをした男が、その上から又赤合羽を被って、ぼんやり立っていた。
『あなたが、山岡屋の才助さんで』
『そうだよ』
『今、お店のほうへ参りましたら、この碁会所にいると伺いましたので、やって来ましたわけで』
『雨が吹ッ込むじゃねえか。用向きは一体何だよ』
『恐れ入りますが、ちょっと、此処ではお話し申し難い事なんで。