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ぎょもん

魚紋

吉川 英治

「冨士 臨時増刊号」1936(昭和11)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,582 字 · 30 页

青空文庫

『おかしいな? 伝馬の者が、こんな夜更にこっそり訪ねて来るなんて』

『だって、山岡屋じゃ、内密で盗品買もしているというから、牢屋敷の者にだって、まんざら縁故がないわけじゃないだろうさ』

『町方役とか、牢役人などが、袖の下を取るのは公らだが――それにしても、牢番なんて下ッ端までが小費をせびりに来るのかなあ』

『おおかた、そんな事だろうよ』

お可久は、鮓の皿や汚れ器を、台所へ片づけて、風呂に入った。

『――――』

かまきりと玄庵の勝負を、春作はつまらなそうに横からのぞいていた。いつでも持って来ただけの金はここで損ってしまう春作なのである。これから、火の気もない家へ帰って、一枚摺の彩絵や読本の挿絵を描く気にもなれないのであろう。倦んだ顔いろをしながらも、碁を眺めていたけれど、耳は、風呂場の方でする小桶の音を聞いて、湯気の中にお可久のすがたを想像しているのかも知れなかった。

――と、厠へ立った帰りに、春作はふと梯子段を見上げた。ぼんやりと、上の障子に明りが映っている。

『いやにシンとしているが?』

何か内密話らしいと云ったお可久のことばがまだ耳にあったので、ふとうごいた好奇心だった。