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なるとひちょう

鳴門秘帖(三)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 页

青空文庫

けれど、お綱はあの際、とうとう傷負の一角に死にもの狂いに振りほどかれて、絶壁の岩角から、大事な秘帖とともに、かれの姿も見失ってしまったので、悲嘆と絶望にくれて、世阿弥の亡骸にすがっていた。

血筆の秘帖? 世阿弥の遺書?

「江戸へ」

といったという、最期のさまを思いあわせてみても、それは必然に、大府へ届けよという、かれが鏤骨の隠密報告だな、ということは弦之丞にすぐうなずけた。

「心配はない」

かれは、かれにすら自信のもてない言葉で、お綱を励まそうとした。

「一角が絶壁から転落したものとすれば、当然、骨をくだいて落命している。夜が明けたら、道を探って尋ねてみよう……」

そうはいったが、暁天の光を見たなら、麓から孫兵衛や有村が、原士の新手をすぐって、ここへ襲せてくることは分っていた。

といって――

半生を無明の中に送って、不遇な生涯をとじた甲賀世阿弥の亡骸を、そのまま涙なく打ち捨てておく気にもなれない。暗澹たる洞窟、また悲惨ではあるが、隠密の霊壇としては、むしろ、香華の壇にまさるかもしれない。

ふたりは、半夜の黙侍をした。そして、世阿弥の死骸を剣山の深くへ隠した。