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なるとひちょう

鳴門秘帖(三)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(三)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 261,216 字 · 521 页

青空文庫

「アア……」

ひとつの難を切り抜けてホッと息をつくと、万吉は瞬間、頭の髄がぼうとしてしまった。いつか阿波をのがれてきた夜、あの黒い渦潮に舟をグルグルグルグル廻されたまま、何としても出られなかった時と同じような気持である。

が、こんなことで、と万吉は自分にむちを打って心をしめなおした。そして、白い尾花が斑になびいている向うの平地に、お綱とお千絵の姿を見つけて足を早めた。

すると、思わぬ所の崖道から、低い木をゆすぶって、誰か、

「万吉か?」と呼びとめた。

「オオ」ふりかえってみると、弦之丞であった、血ぬられた太刀を左にさげて上がってきた。

「そちが秘帖を持って駆けだした後を、湧井道太郎が追いかけて行ったが、別条はなかったか」

「へい、道太郎にも逢いませぬし、秘帖もここに持っております」

「それが案じられて拙者も近道を廻ってきたのじゃ。しかし、まだ油断はならぬぞ。わしの後からは原士をつれた孫兵衛と有村、また道太郎めもやがて追いついてくるに相違ない」

と話しながら、布を裂いて万吉に左の小手傷をしばらせていると、突然、すぐ向うの草原にあたって、お綱の絶叫と、けたたましいお千絵の悲鳴が流れた。