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おかよ

おかよ

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1942(昭和17)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,116 字 · 19 页

青空文庫

「おい印東、印東いるか」

右のほうから低く呼ぶこえがした。

「はっ此処におります」彼はそう答えて立った。

「そうか、……いたか」

植村七兵衛という男のこえである。そして誰かぼそぼそと、耳こすりをしながら笑った。それはまるで、「臆病者がまだ逃げずにいたよ」そう云っているようだった。弥次郎はきゅうと唇を結んだ……足軽で敢死隊に参加したのは彼一人だった。寛永も十五年になると武士の階級も確然と分って足軽などはひと口に「小者」と呼ばれるようになり、武士からはいちだん低い位置にすえられていた。弥次郎は父の代からの足軽であったから、江戸にいるあいだは自分がその低い位置に生れたことを不運に思うだけで、不平も不満も感じなかった。しかし島原へ出陣してきて、はじめて矢弾丸の下に立ったとき、彼はおかよの言葉をまざまざと思いだした。――あなたは、千人にぬきんでた方です。そしてそう云ったときの、娘の燃えるような眼を思いかえした。その場かぎりの励ましや世辞ではない、心からそう信じている者の眼だった。

――そうだ、少くともおかよだけは、このおれが千人にぬきんでた男だと信じている。おれは一番首一番槍の手柄はできぬかも知れぬが、武士として身命を抛つはたらきはしてみせる。