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このにぎりめし

この握りめし

岸田 国士

「日光 第三巻第一号」1950(昭和25)年1月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,649 字 · 27 页

青空文庫

三

その前歯では、と、増田健次は喉まで出かゝつてぐつと呑み込んだ。

三

よつぽど制服を脱いで行こうかとも思つたが、増田健次は、それも面倒なので、そのまゝ帽子だけ持つて、信濃屋旅館へ出かけて行つた。主人はわざと同席を遠慮させ、その絵かきの泊つている二階の奥の部屋へ一人で上つて行つた。障子の外から、

「岡本さん、ちよつと失礼します。わしは、増田つていう駐在のもんですが、個人的にちよつとお話しがしたくつて伺いました」

すると、中で、不精無精の声が、

「おはいんなさい。どんなご用ですか」

見ると、岡本は、腹這いになつて、画集のようなものをひろげ、長い髪の毛の間からモウモウと煙草の煙を立ち昇らせていた。

それでも、客人への礼は心得ていると見え、やおら起きあがつて、膝を正しながら、

「あ、時どきお顔をみて知つています。お巡りさんはどこにいてもすぐにわかるから変だな」

と言つた。

この挨拶にちよつと虚をつかれた増田健次は、しかし、すぐに、話が楽にできそうに思い、

「わからない方がいゝ場合もあるんですがね。そこへ行くと、絵かきさんは、仕事をしているか、道具をさげていないと、わからん方が多くはないですか」