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ちゃん

ちゃん

山本 周五郎

「週刊朝日別冊陽春特別読物号」朝日新聞社、1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,377 字 · 45 页

青空文庫

――お直さんや子供たちが可哀そうだぜ。

新助がそう云った。あれは三日まえのことだな、と重吉は柄杓を持ったまま思った。あれは親切で云ったことだ。檜物町の真二郎もそうだ。あの二人とは同じ釜の飯を食って育った。金六町も檜物町もめさきのきく人間だ。二人が「五桐」にみきりをつけ、きれいにひまをとり、自分自分の店を持って、当世ふうのしょうばいに乗り替えたのは、めさきがきくからだ。おかげでしょうばいは繁昌するし、家族も好きなような暮しができる。檜物町は上の娘を踊りと長唄の稽古にかよわせているし、金六町は妾を囲ってるそうだ。

「それでもおれのことを心配してくれる」重吉は持っている柄杓をみつめながら、放心したようにつぶやいた、「――友達だからな、友達ってものはありがてえもんだ」

重吉はぎょっとした。勝手口の腰高障子が、いきなり外からあけられたのである。あけたのは長男の良吉で、良吉もびっくりしたらしい、天秤棒を持ったまま、口をあいて父親を見た。

「ちゃん」と良吉はどもった、「どうしたんだ」

重吉は戸惑ったように、持っている柄杓をみせた、「水をね、飲みに来たんだ」

「水をね」