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つばくろ

つばくろ

山本 周五郎

「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页

青空文庫

……決心はしたものの、心は重くふさがれ、刺すような胸の痛みは少しも軽くならなかった。帰る途中でなんども立停り、白く乾いて埃立った道のおもてを眺めながら、彼はふと無意識に頭を振ったり、思い惑うように溜息をついたりした。

おいちは家にいた。

「食事はいらない、おまえ大助と済ませたら居間へ来て呉れ」

高雄は着替えをしながらこう云った。妻の顔を見ることができなかった。返辞を聞くのも耐えがたいようであった。

居間へはいった彼は、机に向って坐り、あけてある窓から外を眺めた。おちつかなければいけないと思った。……そこは東北に向いた横庭で、亡くなった父の植えた岳樺が五六本あるほかは、袖垣の茨が枝をのばしたのや矢竹の藪などが、手入れをしないので勝手に生えひろがっている。岳樺は寒い土地の木で、こんな処では根づくまいといわれたのだが、植えたときからみると倍以上にもそだち、今も若枝にみずみずと、柔らかそうな双葉が出そろって、春昼の日光をきらきらと映していた。

「――おいち、……おいち」

高雄はそっと口のなかで呟やいて、そうして机に肱をついて、眼をつむった。

彼女は貧しい鉄砲足軽の一人娘だった。