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ひやめしものがたり

ひやめし物語

山本 周五郎

「講談雑誌」博文館、1947(昭和22)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,861 字 · 31 页

青空文庫

ているから」

間もなく召されて正式の御達しがあるだろう、そう云って吉之助は帰った。……大四郎はとぽんとしてしまった、一生ひやめしと諦めていたのが、正経閣出仕で十人扶持、分家が定れば百石以上で家も貰えるという、また本には代え難いが三十金という大枚な金もはいる、あんまり思いがけない事ばかりで、すぐには嬉しいという気持さえ感じられなかった。

然し思いがけない事はそれだけではなかった。翌日、吉之助と二人で書物を城へ運び、正経閣の中や御文庫の建物を見て帰ると、非番で家にいた兄が待兼ねたように、「おいたいへんだぞ」と呼び止めた、母も嫂もそこにいて、にこにこ笑いながら彼を見た。

「横目の不破殿が婿縁組のはなしをもってみえた」

「……へえ」彼は眼をぱちぱちさせた。

「向うは誰だと思う、当ててみろ四郎」

「わかりゃしませんよ」

「なんとあの紙入殿だ、堤町の中川老だよ、八重さんという十八の令嬢がいる、それへぜひという懇望だそうだ」

そこまで聞くと大四郎は頭の中で、なにかくるくると廻りだすように感じた。すべてが矢継ぎ早で、自然のめぐりあわせとは思えない、なにかしら魔がさしたとでも云いたいくらいである。